すえてなたー

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掌編『林檎愛』

 ねぇ、林檎。あなたに話しかけてもよいかしら。なぜってだって、話し相手がいないんですもの。仕方がないわ。ただテーブルの上で、私の話を聞いてくださればそれでいいの。それにしたってあなたは綺麗な色ね。赤い色って色々あるけれども、あなたほど上品な真紅のものを、私、見たことがないわ。見れば見るほど吸い込まれていって、そのうち私の瞳も髪も影でさえも、あなたと同じ色に染まってしまいそう。あなたは林檎だから、いずれ私がいただくのだけれど、そのときにはやっぱり、あなたの上品さに相応しい、綺麗な銀のナイフで切ってあげたいわ。食べてしまうなんてもったいない、いつまででも眺めていたい。けれどあなただって、いずれ傷んでしまうものですものね。大事にしなければいけないのよ。この世にたった一つしかないんですもの。お別れは嫌だけれども、あなたに会えて嬉しいわ。ねぇ、林檎。あなたの肌の色を私の爪に塗ったって、あなたの気品と芳香は真似できないのよ。唯一無二だわ。喉から手が出るほど欲しいものなのに、私の手には入らないの。あなたは可憐ね。本当にいい匂いがするわ。私には、どんなドレスが似合うかしら。あなたと同じ色の、ベルベットのドレスがいいわ。ふんわり纏って、微笑んでみたい。髪型はどうしようかしら。ピアスは華やかな方がきっといいわ。着飾ったら別人に見えるかもしれない。ねぇ、林檎。あなたは夢を見ることがある? 私は色々見るのよ。もうすぐ日付けが変わるわね。そろそろ眠った方がいいのだけれど、なかなか眠れないの。あなたが話を聞いてくれたから、ずいぶん慰めになったわ。あなたって、優しいのね。少し触ってもいいかしら。綺麗な艶。光を弾いてる。このまま口元に持っていったらもうお終いよ。あなたを齧ってしまうかもしれない。まだ早いわよね。テーブルの上にいるのが一番だわ。目を閉じたら、いい夢を見られるかしら。一度でいいからあなたの夢を見たい。私はどうかしているわ。全てあなたに染まってしまいたい。掻き抱いて掻き抱いて、私のものにしてしまいたい。こんなにあなたを好きになるなんて、私も戸惑っている。でも、いいの。後悔はない。おやすみなさい。夢の中でも会いたいわ。