すえてなたー

小説の更新のお知らせなどを書いています。

最終回に向けて

こんばんは。スエテナターです。明日はクリスマスです。

 

久々にツイッターに行って一言だけお知らせしてきましたが、継承アリスの構想をねり、ついに最終回の目処がつきました。

全90話とお知らせしましたが、あれからまた少し執筆が捗り、構想もちょっとかたまってきて、現段階だと全89話になっています。

とにもかくにも長いトンネルの終わりがようやく見えてきて、ほっとしているところです。

集中力が続く限り書き溜めていきたいですね。

ちなみに執筆は82話まで進んでいます。

もう少し書き溜めたらちまちまと更新していく予定です。

執筆に伴い、過去のエピソードも確認し直していますが、色んなことを思い出して、

(´;ω;`)ブワッ

となってしまいます。親バカですね。

これからも完結を目指して書いていきます。

 

それでは、素敵なクリスマスをお過ごしください。

掌編『林檎愛』

 ねぇ、林檎。あなたに話しかけてもよいかしら。なぜってだって、話し相手がいないんですもの。仕方がないわ。ただテーブルの上で、私の話を聞いてくださればそれでいいの。それにしたってあなたは綺麗な色ね。赤い色って色々あるけれども、あなたほど上品な真紅のものを、私、見たことがないわ。見れば見るほど吸い込まれていって、そのうち私の瞳も髪も影でさえも、あなたと同じ色に染まってしまいそう。あなたは林檎だから、いずれ私がいただくのだけれど、そのときにはやっぱり、あなたの上品さに相応しい、綺麗な銀のナイフで切ってあげたいわ。食べてしまうなんてもったいない、いつまででも眺めていたい。けれどあなただって、いずれ傷んでしまうものですものね。大事にしなければいけないのよ。この世にたった一つしかないんですもの。お別れは嫌だけれども、あなたに会えて嬉しいわ。ねぇ、林檎。あなたの肌の色を私の爪に塗ったって、あなたの気品と芳香は真似できないのよ。唯一無二だわ。喉から手が出るほど欲しいものなのに、私の手には入らないの。あなたは可憐ね。本当にいい匂いがするわ。私には、どんなドレスが似合うかしら。あなたと同じ色の、ベルベットのドレスがいいわ。ふんわり纏って、微笑んでみたい。髪型はどうしようかしら。ピアスは華やかな方がきっといいわ。着飾ったら別人に見えるかもしれない。ねぇ、林檎。あなたは夢を見ることがある? 私は色々見るのよ。もうすぐ日付けが変わるわね。そろそろ眠った方がいいのだけれど、なかなか眠れないの。あなたが話を聞いてくれたから、ずいぶん慰めになったわ。あなたって、優しいのね。少し触ってもいいかしら。綺麗な艶。光を弾いてる。このまま口元に持っていったらもうお終いよ。あなたを齧ってしまうかもしれない。まだ早いわよね。テーブルの上にいるのが一番だわ。目を閉じたら、いい夢を見られるかしら。一度でいいからあなたの夢を見たい。私はどうかしているわ。全てあなたに染まってしまいたい。掻き抱いて掻き抱いて、私のものにしてしまいたい。こんなにあなたを好きになるなんて、私も戸惑っている。でも、いいの。後悔はない。おやすみなさい。夢の中でも会いたいわ。

暮れ残り

旧作、暮れ残りを書き直しましたので、以外、投稿しておきます。


『暮れ残り』

 夏の暮れ残りというものは幻想だった。体温も匂いもない群青の色が浮遊感を抱いて山の背にぼんやりと漂っている。一滴絵の具を垂らした色水のように頭の中に広がって、窒素や酸素のような味のない存在として、無言で水晶体に映り込んでくる。ファンタジーのような無色透明。悲しいわけでもないのに泣きたい気持ち。重力も時間もなくしていつまでも空に浮かんでいる群青の空に触れると、どこで覚えたのか分からない、あの火のような人肌の熱さを思い出して、手が痺れた。空の群青が、古い家の二階の和室に硝子窓を通してしずしずと染み込み、机や箪笥の影をビビットに浮かばせている。あの人は、誰だろう。あの人影は、何だろう。男の人か女の人か、若い人か老いた人か、匂いを嗅いでも分からない。ただの名前のない影になって、言葉もなく手を取る。ずいぶん細い指。熱いのか冷たいのか分からない。誰かの息遣いが聞こえる。何と言っているのか分からない。頭の上にぴんと張った記憶の糸が、皮膚を引っ張るように痛い。今、この胸をナイフで切ってみたら、どんな記憶が滲むのだろう。溺れる。熱い記憶に溺れる。誰かが導いている。手を握り、口づけをして、なめらかな心に錆びた釘を打って、いつまでも群青の海の中に閉じ込めてしまう。時計もない。言葉は無色透明になって誰にも届かない。呼吸はこの人に握られてしまう。瞳が抱く、たった一つの光。心臓は動いている。赤い血が、とんでもなく強いポンプの力で体中に流れていく。はぁ、と大きな溜め息を吐く。その溜め息もまた目の前にいる人に握られてしまう。名前も知らない、誰かの手に。首元の釦が外れる音を聞いた。瞳に宿るたった一つの光を見た。息ができなくても、なぜだろう、苦しくない。窓の外の暮れ残りは、恐ろしいほど長い間空に留まり、もう現実には戻れないほど、この胸を群青でいっぱいにしてしまった。胸に赤錆が溜まっていったのも、群青の暮れ残りが何よりも印象深いファンタジーになったのも、釦が外れた、その時だった。

まじない師譚 5

5 人生観

 一月初旬に降った雪はもうとっくに溶け、あれ以来、オルディーデの町に雪は降らなかった。シルビア姉さんの住むカイングネイトの町では気紛れに降るらしく、姉さんの伝達係をしている白梟がそういう手紙を時折運んできた。結界を通じて姉さんの気配を伺う限り、向こうも変わりなく安泰らしかった。
 リリーはストーブの前に置いたお気に入りの籠に入って眠っている。
 特に仕事もないので小屋の掃除をする。この小屋に手伝いに来てくれるアンセルは、今、学校に行っている時間だ。彼と同じ年のエステルちゃんも、アンセルとは違う学校らしいけれど、今頃勉強を頑張っているはずだ。
 客間を兼ねているこの居間の壁には、ミサンガを編むときに使う刺繍糸が夥しく掛かっている。この中から好きなものをお客さんに選んでもらい、ミサンガを編む。糸の在庫を調べ、テーブルを整え、床掃除もする。ストーブ前の籠を持ち上げると、眠っていたリリーが鬱陶しそうにこちらを睨む。
「ごめんね。掃除するから」
 にゃお、と鳴いて、リリーはまた眠る。
 接客用の茶葉はまだある。カップも綺麗になっている。そんなことを確認していると、りんとドアベルが鳴った。
「こんにちは。突然すみません。こちらでお守りをいただけると聞いて伺ったのですが」
 そう言ってドアから顔を覗かせたのは、三十代後半くらいの細身の男性だった。リリーもむっくり首を伸ばして客人を一瞥し、にゃあ、と鳴いて、一応、歓迎の意を示した。一応、というのは、一見、いいお客さんに見えても、後々、面倒な人だったということが度々あったので、新しいお客さんには身構えるようになってしまったのだった。
 お客さんにはテーブルについてもらい、話を聞く。
 彼は櫛を通さないボサボサの頭で無精髭を生やしていた。羽織っているコートもよれよれにくたびれている。商売柄、色んな人に会ってきたが、ここまで身なりを気にしない人も珍しかった。彼は猫背で座り、長い首をこちらに伸ばしながら言った。
「実は今度、私の妹に子供が生まれることになりまして。その子の健やかな成長を願って、何か贈り物をしてやりたいのです。それで、こちらのミサンガのことを知りまして。ちょうど妹もあなたの編んだミサンガが欲しかったようなので、その妹の分と子供の分と、二ついただきたいんです」
 彼は紅茶で喉を潤しながら身の上話を聞かせてくれた。三十八歳の文筆家で独身だが、親や親戚から早く結婚をしろと口酸っぱく言われ、閉口しているとのことだった。
「結婚には興味がないのでのらりくらりと躱しながらこの歳まで来ましたが、妹に子供が生まれたらさすがに諦めてくれるのかもしれません。まぁ、逆に『お前の子供はまだか』なんてとんでもないことを言われることもあるのかもしれませんが――私の人生に責任を持ってくれない人ほど、好き勝手な説教をするのですよね。困ったものです。私は文筆家として生きていきたいだけなんですけどね」
 彼は薄い頬に柔らかな微笑みを浮かべて遠くを見つめた。
 ミサンガを編むときに使う糸を選んでもらい、編み上がったものは数日後に受け取りに来てもらうことになった。
 客人との話を聞いていたリリーがぽつりと言った。
『人間って大変ね。自分の好きなように生きていこうとすると文句を言われるなんて』
 結婚なんて興味がないという彼の気持ちはよく分かった。僕だって、人を愛する自信はない。無理に結婚をしたとしても、きっと上手くいかないだろう。
 町のマダムたちは「誰かいい人いないの?」と時折訊ねてくる。誰もいませんと返事をすると、「誰かいい人探しなさいよ」と大抵返される。
『私の人生に責任を持ってくれない人ほど、好き勝手な説教をする』
 文筆家の彼の言葉が身に染みた。
 リリーが僕の膝に飛び乗って言う。
『ハイト、あなたは好きに生きていいのよ』
 そう言ってもらえるのが、結局、一番ほっとする。
 依頼された二つのミサンガを編み終わったころ、文筆家の彼が約束通り受け取りに来てくれた。真新しいミサンガを眺めると、「ありがとうございます。妹も喜ぶと思います」と礼を言ってくれた。その彼の手に、依頼された二つの品とは別に、もう一本、ミサンガを渡した。
「これは、あなたの人生を応援する意味で編みました。差し出がましいようで申し訳ないんですが、僕も、結婚には興味がなくて、何となく、人生観があなたと似てるなと思ったので、勝手に親近感が湧きました。嫌でなければ、受け取っててください」
 相変わらず身なりに無頓着な文筆家は思わぬサービスに驚いたようだったが、はにかんで「ありがとう」と言った。
「ハイトさんの存在を知ってから、まじないとは何だろうと考えていましたが、何となく分かった気がします。こうやって気に掛けていただけると確かに嬉しい。そういうことなんでしょうね。ありがとう。大事にします」
 文筆家はさっそく腕にミサンガをつけ、柔らかな笑顔を浮かべた。
「あなたのおかげで、自分の人生を大事にできそうです」
 彼はそう言って小屋を後にした。
『あの人、悪いお客さんじゃなかったみたいね』
 リリーもほっとした様子で客人を見送った。

140字作品集 第4集

140字小説がずいぶんたまりました。
時勢柄表に出せなかったもの、別名義で出したもの、すっかり存在を忘れていたもの、色々ありますが、とりあえず放流しておきます。


1『愛と戦い』
膨張を続ける宇宙の果てで、きっと、何かと何かが出会っている。熱い抱擁をしているか。それとも、憎しみ合って戦っているか。いずれにしても悲しい時空、私は愛を握っていたい。花のように笑うあなたを守りたい。綺麗な命の輝きを、時には星に、時にはネオンに重ねて見ている。あのともし火と潜熱を。


2『雪解けの霧』
雪解けの霧。一つずれた世界線。手を引かれた夢の中。湯気立つコーヒーは、もっと熱くて構わない。さよならの街路灯。足止めをする赤信号。昨日と同じと思った夜明け。指をさして、間違いを探す。佇む標識。動かない時計。出口のない霧の町。幻の果て、迷い迷って目を開ける。ここは現実。番地はなし。


3『勝負』
人生一の大勝負。誰かが勝って誰かが負ける。転がるサイコロ、もしくはコインの裏表。微笑み一つで心を惑わし、ポーカーフェイスで騙し討ち。時には黒を盲信しつつ、時には白を溺愛したい。真っ赤なルージュで嘘を付き、青いカラコンで本音を隠す。ピンクオレンジのブリーチが正気を奪う。勝者は誰だ。


4『純文学の恋心』
純文学の恋心。あの子は鞄を抱えてスキップをする。肩に揺れるセーラー服の襟。そう言えば、純文学って何かしら。わたしもそれになれるかしら。春風も桜の花びらも、答えを知っているようだけれど、教えてくれない。真新しいローファー鳴らしてプリーツスカート踊らせて、どきどきしている、恋の乙女。


5『灰色一色』
雪が降る。光も影も灰色。人生の空白をあなたで埋めるのは罪深い。一人で生きていこうと、何度も誓いを立てて挫折する。ストーブの火で過去を燃やす。心も燃やす。骨も焼けてしまったら、いっそ楽になれただろうに。形のない虚しい気持ち。化学式のない寂しい気持ち。孤独が飲み込む雪の夜。灰色一色。


6『コンイト』
針に紺糸を通し、結び玉を作って、あなたの唇を縫い付ける。薄い皮膚に針を刺す。眠っていては痛覚もないのか。あるいは悪夢を見ているか。下唇、上唇、交互に皮膚を掬っていく。紺糸が、血に濡れる。深く深く染まっていく。次は私の唇を。あなたと同じ紺糸で閉じる。秘密は守られる。微笑みで罰する。


7『ウソジ』
嘘字だらけの手紙を書く。きっと読めないだろうから、でたらめの字で思い付くまま書いていく。おげんきですか、あのころのことをおもいだします、うそじばっかりかいたから、ほんとうのもじをわすれてしまいました。ペンを置いて、手紙を丸める。切手は貼らない。もういらない。頭の中は、嘘字だらけ。


8『ヤラズノアメ』
夕方、重い雲。とうとう雨が降り出した。傘がないので乙女は帰れない。自分の席で本を読む。帰れないのは少年も同じ。それは何の本なのかと、乙女の本を覗き込む。二人で肩を並べてページを捲る。時々そっと見つめ合う。それは、遣らずの雨が生んだ物語。こんなに可憐なものならば、明日も降っていい。


9『テンキアメ』
鏡のような天気雨。優しいあなたに会いたい。銀の雨に降り注ぐ光。ずっと向こうに見えた青空。忘れられない思い出が水溜りに映る。みんな、花を咲かせるように色とりどりの傘を差す。囁くような雨音が聞こえる。ビルの街を抜け、長い横断歩道を渡り、あの橋を越えたら、なくした欠片が見つかりそうで。


10『フロントガラスの幻』
フロントガラスの幻。街の光を集める。雨がビロードのように垂れる。なんて美しい夜。天からの贈り物。光と交じって輝く。明日は週末。今日はゆっくり帰る。コーヒーを買って少し休む。明日がいい日になるかどうかは分からないけれど、今は優しい雨の音に身を委ねる。ずっと、優しいままでいてほしい。

継承アリス 第76話

今回から最終章に入ります。もう少しでこのお話も終わりです。


『種の誕生』

 二学期が始まって一週間も経たないうちに、アリスの右目が腫れ上がった。空種を宿したときと違い、瞼が真っ赤になり、熱も出た。間違いなく、本物の継承の種だろうと佳歩さんは言った。きっとそうなのだろうと、僕にも蓮兄さんにも分かった。
 付き人の僕は学校も休んでアリスに付き添った。付き人はアリスを孤独にしないためだけに存在するのだと、佳歩さんが教えてくれた。裕次郎さんからあの種を継承したときから、僕の命も人生も、僕のものではなくなった。それはアリスも同じこと。全てを捨ててアリスという存在になり、残された時間を付き人と過ごす。基本的に、付き人以外の人には心を開かず、付き人だけを信頼する。だから付き人も、全てを捨ててアリスに付き添う。今までのアリスも付き人も、僕達の想像以上に、他人の介入を許さない一心同体の時間を過ごしてきた。継承の絆がなければ、普通の生活の中でこんな絆を結ぶことは、きっとできない。継承の絆があったから、こんなことが許された。それが、いいことなのか悪いことなのかは別として、僕達は継承の庇護のもと、こうして手を取り合って過ごしてきた。
 瞼を痛がって苦しむアリスのそばに、僕はずっと座っていた。何もしてあげられないことがつらかった。つらいだろうけれどもそのつらさに耐えることも付き人の仕事のうちなのだと佳歩さんは言った。そばにいて心配してあげるだけでいいのだと言ってくれた。
 夜には蓮兄さんが来て、僕に仮眠の時間をくれた。許されたほんの少しの自由時間に、僕は付き人の部屋に籠った。
 ベッドに倒れても気持ちが落ち着かない。継承の種が生まれたら、とうとう蓮兄さんへ継承することになる。もしかしたら別の継承相手が相手がいるかもしれないと思ってアンテナを張っていたけれど、直感が変わることはなかった。
 裕次郎さんが僕にそうしたように、次は僕が蓮兄さんに継承する。二人の笑顔が重なって思い浮かぶ。「ありがとう、拓真君」という二人の声が聞こえる。ありがとうなんて言われるようなこと、僕はした覚えもないのに。
 種を引き渡すことになれば、この付き人の部屋も蓮兄さんへ引き渡しということになる。ぽつぽつと付けてきた付き人日誌も、きっと蓮兄さんの目に触れる。元々そのつもりで書いてきたのだからいくら読んでもらっても構わないのだけれど、継承間近ともなると、書き記すことにも慎重になる。感情的でもいけないだろうし、気持ちに嘘を付くのも後ろめたい。
 日誌を広げ、椅子に座って、ペンを取る。思い付くまま書いていく。

 アリスの目に、継承の種が宿った。とうとう継承の日が迫ってきた。
 継承することが、ただただ恐い。
 蓮兄さんに、生きていてもらいたかった。一緒に生きていきたかった。
 僕達の兄として、妃本立に帰ってきてくれて、ありがとう。

 そう書いて、日誌を閉じた。
 右目が膨れ上がってから一週間ほど経ったある日の夜、アリスの激しい唸り声と共に、継承の種は彼女の右目からぽとりと落ちた。ひまわりの種に似た、縦縞の入った種。
 継承の種を生んだアリスは僕に縋って泣いた。
 自分の生んだ種のせいで蓮兄さんがいなくなることが耐えられないのだった。
 こういうつらい役目を与えられているから、アリスというのは無感情な存在なのに、僕のアリスはそうじゃなかった。自分のしたことと周囲への影響をきちんと理解して、傷ついている。
 種の誕生はアリスと付き人以外、見ることが許されない。
 西棟のアリスの部屋で、僕は一晩中アリスを抱きしめた。
 アリスの涙は枯れることを知らなかった。