すえてなたー

小説の更新のお知らせなどを書いています。

140字作品集 第4集

140字小説がずいぶんたまりました。
時勢柄表に出せなかったもの、別名義で出したもの、すっかり存在を忘れていたもの、色々ありますが、とりあえず放流しておきます。


1『愛と戦い』
膨張を続ける宇宙の果てで、きっと、何かと何かが出会っている。熱い抱擁をしているか。それとも、憎しみ合って戦っているか。いずれにしても悲しい時空、私は愛を握っていたい。花のように笑うあなたを守りたい。綺麗な命の輝きを、時には星に、時にはネオンに重ねて見ている。あのともし火と潜熱を。


2『雪解けの霧』
雪解けの霧。一つずれた世界線。手を引かれた夢の中。湯気立つコーヒーは、もっと熱くて構わない。さよならの街路灯。足止めをする赤信号。昨日と同じと思った夜明け。指をさして、間違いを探す。佇む標識。動かない時計。出口のない霧の町。幻の果て、迷い迷って目を開ける。ここは現実。番地はなし。


3『勝負』
人生一の大勝負。誰かが勝って誰かが負ける。転がるサイコロ、もしくはコインの裏表。微笑み一つで心を惑わし、ポーカーフェイスで騙し討ち。時には黒を盲信しつつ、時には白を溺愛したい。真っ赤なルージュで嘘を付き、青いカラコンで本音を隠す。ピンクオレンジのブリーチが正気を奪う。勝者は誰だ。


4『純文学の恋心』
純文学の恋心。あの子は鞄を抱えてスキップをする。肩に揺れるセーラー服の襟。そう言えば、純文学って何かしら。わたしもそれになれるかしら。春風も桜の花びらも、答えを知っているようだけれど、教えてくれない。真新しいローファー鳴らしてプリーツスカート踊らせて、どきどきしている、恋の乙女。


5『灰色一色』
雪が降る。光も影も灰色。人生の空白をあなたで埋めるのは罪深い。一人で生きていこうと、何度も誓いを立てて挫折する。ストーブの火で過去を燃やす。心も燃やす。骨も焼けてしまったら、いっそ楽になれただろうに。形のない虚しい気持ち。化学式のない寂しい気持ち。孤独が飲み込む雪の夜。灰色一色。


6『コンイト』
針に紺糸を通し、結び玉を作って、あなたの唇を縫い付ける。薄い皮膚に針を刺す。眠っていては痛覚もないのか。あるいは悪夢を見ているか。下唇、上唇、交互に皮膚を掬っていく。紺糸が、血に濡れる。深く深く染まっていく。次は私の唇を。あなたと同じ紺糸で閉じる。秘密は守られる。微笑みで罰する。


7『ウソジ』
嘘字だらけの手紙を書く。きっと読めないだろうから、でたらめの字で思い付くまま書いていく。おげんきですか、あのころのことをおもいだします、うそじばっかりかいたから、ほんとうのもじをわすれてしまいました。ペンを置いて、手紙を丸める。切手は貼らない。もういらない。頭の中は、嘘字だらけ。


8『ヤラズノアメ』
夕方、重い雲。とうとう雨が降り出した。傘がないので乙女は帰れない。自分の席で本を読む。帰れないのは少年も同じ。それは何の本なのかと、乙女の本を覗き込む。二人で肩を並べてページを捲る。時々そっと見つめ合う。それは、遣らずの雨が生んだ物語。こんなに可憐なものならば、明日も降っていい。


9『テンキアメ』
鏡のような天気雨。優しいあなたに会いたい。銀の雨に降り注ぐ光。ずっと向こうに見えた青空。忘れられない思い出が水溜りに映る。みんな、花を咲かせるように色とりどりの傘を差す。囁くような雨音が聞こえる。ビルの街を抜け、長い横断歩道を渡り、あの橋を越えたら、なくした欠片が見つかりそうで。


10『フロントガラスの幻』
フロントガラスの幻。街の光を集める。雨がビロードのように垂れる。なんて美しい夜。天からの贈り物。光と交じって輝く。明日は週末。今日はゆっくり帰る。コーヒーを買って少し休む。明日がいい日になるかどうかは分からないけれど、今は優しい雨の音に身を委ねる。ずっと、優しいままでいてほしい。